【寺内小】寺内地区の寺社一挙ご紹介!

 

 

 

皆さまこんにちは😊

 

いつもご覧になっている方はおわかりかとも思いますが、

 

寺内地区には、秋田城を中心として

 

歴史的建造物が数多くあります!

 

今回はその中でも

 

「寺社」

 

に絞って一挙ご紹介したいと思います!

 

 

 

古四王神社

まずは古四王神社から!

 

最近ご紹介した神社なのでご存知の方も多いと思います!

 

 

詳しい説明はそちらの投稿をご覧下さい!

 

 

西来院

 

続いては西来院!!

 

西来院は元々は藤倉にあり補蛇寺住職の閑居所でした。

 

寛政年間(1789~1801)に現在に移り、回廊の持つ七堂伽藍を建立し広大な境内をもっていました。

 

1818年に焼失し、明治になり廃仏毀釈によりその広大な敷地は官地によって取り上げられました。

 

現在ではその広大な敷地を感じる事は出来ませんが、裏山には秋田33観音が配置され、仙台藩殉難碑などがあり、境内にも多くの石碑があります。

 

 

 

 

空素沼神社

 

 

空素沼神社は、これで「からすぬま」と呼びます!

 

空素沼神社の起源については諸説あります。

 

秋田城の鎮守社的な存在だった可能性があり、平安時代に成立した「日本三代実録」に、

 

貞観7年(865)2月27日の項目に「高泉神」が従五位下に列したと記載されており、その「高泉神」の後継神社を空素沼神社とする説がります。

 

「高泉神」の後継神社については、同じく秋田城の麓に鎮座する古四王神社とする説もありますが、

 

高泉神は名称からも水神が連想され、社号の「空素沼神社」や祭神である「高おかみの神」も同じく水を連想させる事から空素沼神社の方が自然に感じます!!

 

 

 

 

護国神社

 

明治2年(1869)に最後の秋田藩主だった佐竹義堯が戊辰戦争の戦没者を祭ったのが始まりです!

 

現在の社殿とは向きが異なり旧参道の松並木が残されています。

 

明治26年(1893)に焼失し、明治32年(1899)に現在の千秋公園に再建されますが

 

その際、秋田招魂社として軍事色の強い神社となり

 

昭和14年には、内務大臣指定護国神社として秋田県護国神社に改称、昭和15年に再び高清水の現在に遷座しました。

 

平成2年には即位の礼に反対する過激派により放火され全焼し平成4年に再建しました。

 

 

まとめ

 

今回は寺内の代表的な寺社をご紹介しました!!

 

まだ取り上げていない護国神社などは後々深掘りして行きます!

 

 

なお、12月から投稿が少し変更する点がございます!

 

ご留意ください!!

 

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