【旭北】パンケーキと歴史

皆さんこんにちは!

東京オリンピックが始まり、盛り上がっていますね…!

皆さんはどの競技が好きですか?

私は開会式からいろんな競技を少しずつ見ています^^

日本開催のオリンピック、最後まで存分に楽しみましょう!

 

さて!今回は今まで何回かにわたってご紹介させていただいた、「パンプルムゥス秋田」さんと「ギャラリーあずき」さんのお店がある場所の歴史についてご紹介します。

 

 

この建物がある大町3丁目1-6は、もともと「那波(なば)家の土倉」だったそうです。

那波家と言えば、去年からこの旭北地域の記事を見てくださっている方は聞いたことがある名前かもしれません。

この那波家については、前代の旭北地域担当である金子実生先輩が以前記事で紹介していました!

まだ見ていない方は、那波家について学ぶことができるので、ぜひそちらもご覧ください。

 

 

 

ここでも軽く、那波家についてご紹介させていただきたいと思います。

 

那波家が経営されている「那波商店」は広く知られ、清酒や味噌、醤油などの製造販売や、呉服衣料店などを手掛けています。

秋田に来る前は京都室町の両替屋で、諸国の大名に資金を用立てるほど財力がありました。

秋田に来てからは質素倹約を重んじ、その分を寄付金に充て、災害時は被災者に援助をするなど、人々に尊敬される人徳ある家でした。

明治19年4月3日に大町で大火災が発生した際には、この家にお世話になった町人が何百人も押し寄せ、必死でこの家を守るほど、人々に慕われていました。

 

 

 

この火災の際、那波家の向かいにあったお菓子店「榮太楼」、数軒の家は、町人の努力と…

 

なんとこの「那波家の土蔵」との間にあった用水路が守ったそうです!

それ以来この榮太楼では、子孫代々に「那波家の恩を忘るべからず」と伝えているという話もあります。

 

その後、二丁目橋架け替えの際、老朽化のため解体撤去を行い、ケヤキの大木2本も切り倒して一角に2階建ての建物を建築したそうです。

当初は皇室御用達のホテルであった「アキタニューグランドホテル」の直営店である「ジャルダン」が入居しました。

その「ジャルダン」が撤退した後、入居者変遷(へんせん)を経て、現在は「パンプルムゥス秋田」さんと「ギャラリーあずき」さんが入居しています。

 

 

今回、調べてみて、この場所にこんなに深い歴史があったことを知り、驚きました。

こういった歴史も学んでからお店に行くと、また新たな発見がたくさんありそうな気がします^^

皆さんもぜひ、お店とともに、お店の歴史等も学んでみてはいかがでしょうか?

 

参考文献:画像・文章 人徳の商家・那波家 | 二〇世紀ひみつ基地 (fc2.com)

     画像    皇室御用達の宿・アキタニューグランドホテル | 二〇世紀ひみつ基地 (fc2.com)

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