【茨島】シリーズ「茨島の自然」Part1: 雄物川の歴史

みなさん、こんにちは。

本日もまちプラをご覧いただきありがとうございます。

最近秋田を含め全国では雨が降る日も増えてきました🌧

みなさん、気圧の変化にはくれぐれも気を付けてくださいね🙂

 

さて、本日から、「茨島の自然」というシリーズ投稿を開始したいと思います👏

茨島は、多くの商業施設が立ち並ぶ場所として知られており、あまり自然などとはかけ離れたイメージを持つ方も多いと思います。

しかし、実際は、日常に様々な自然が隠れている場所であり、私はこの「茨島の自然」にフィーチャーした特集をしたいと考えました。

さて、第一回目は、「雄物川」の歴史についてです。

雄物川とは、茨島地域に面している一級河川で、湯沢市と山形県の県境にある大仙山を源としています。秋田市内は下流で、最終的に新谷町から日本海に合流します。

https://goo.gl/maps/UFMPzhVKPWsopbXo9 

地図はこちらから↑

現在茨島地域に流れている雄物川は、非常に穏やかに流れていますが、実は、かつては「暴れ川」として知られていました

昭和初期までは、蛇行した川の流れのせいで、大雨が降るたびに洪水をもたらして、周辺住民に多数の犠牲を出す危険な川だったのです。

1917年(大正6年)に、人工水路をつくって川の流れを変え、人口密集地を川が通らないようにするための大事業が始まりました。壮大な構想で、のべ22年で、397万人が動員されました。それほど人々にとって、この計画は必要なものだったのですね。

【整備される前の雄物川の地図】
うねっている川の流れは大雨時に洪水をもたらし、人々に甚大な被害をもたらしました。
ソース:https://fan-akita.sakigake.jp/project/detail/253

【現在の雄物川の流れ】大きくうねった流れを人工的に分岐させたことがわかります。
ソース:https://fan-akita.sakigake.jp/project/detail/253

先人の方々の努力によって、穏やかに、そして愛される川となった雄物川。

今は、茨島の河川敷で夏に花火大会が行われたり、クリーンアップ活動などが行われるなど、地域の交流の場としての役割を果たしています🎆

次回の「茨島の自然」シリーズでは、実際の雄物川沿いの様子についてレポートしたいと思います!お楽しみに😊

本日もご覧いただきありがとうございました。

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