保戸野地区を知る

保戸野という大字は明治22年(1889年)から使われています。

歴史的に見ると保戸野は佐竹氏の居城である久保田城の西側に位置した城下町と近郊農村地区を前身としています。当時一般的には旭川より東側が内町(侍町)西側が外町(町人町)と分けられていましたが、保戸野はお城に近接した地であり、また、羽州街道が通る城下町への入り口であるため本来、町人町の区分ですが侍町とされました。

 地区のキャッチフレーズは

『仁風の里 保戸野』

です。
これは第6代秋田市長だった井上広居氏(1916年~1933年 在職)より地域に贈られたことば「里に仁風有り即ち太和(たいわ)」に由来しています。仁風とは仁徳のことであり、

「保戸野は思いやりの心に富む人々の住む里であり、皆が仲むつまじい」

という意味を持っています。

この言葉は保戸野小学校に額装されて残っていて、
保戸野小学校卒業生に脈々と受け継がれています。

保戸野小学校の生徒は皆仲が良く、先輩後輩に関わらず親交が深いと言われています。

またその精神は保戸野の住民にも根付いており、外からやってきた新しい住人や、異動で保戸野小に赴任した先生も保戸野の人の温かさや親切心に驚くこともあるほど。

地区内には保戸野小学校、秋田大学の附属幼稚園・小学校・中学校・特別支援校、聖園学園短期大学・同幼稚園、秋田県立秋田北高校、同じく秋田工業高校などの文教施設もたくさんあります。

通町商店街に代表される古くからのお店や歴史ある寺社も集中しています。

次ページでは保戸野で受け継がれているイベント・お祭りを紹介します。

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