【中通】「おいしい」を届ける!秋田市民市場の歴史(その3)終

今回で、中通地区のシンボル「秋田市民市場の歴史」が最終回です!

こちらを読む前に、ぜひこちらから読んでいただけると嬉しいです!

「秋田の台所」として誰もが認める市場になった秋田市民市場ですが、
昭和50年代後半になると、さまざまなイベントを開催して更に活気あふれる市場になりました。旬の食材の特売や料理講習会、歳末大売り出しなど、買い物客が列をなし、一時は中央通りを目指す車が山王交差点を過ぎて秋田県庁まで繋がるほど混雑していたようです!!(凄すぎますよね…!)

昭和62年には創立25周年を迎え、式典や売り出しなどの記念行事を行いました。

その後、時代は昭和から平成へと変わり、市場を取り巻く環境も様変わりしつつありました。
平成に入ると、コンビニエンスストアの出店や大型ショッピングモール、中型スーパーマーケットの進出によって消費シーンは転換期を迎えました。
そんな中、秋田市民市場は建物自体の老朽化やトイレ・休憩所の設備充実を図り、ついに「市場建て替え」へと乗り出したのです!

そして、成14年12月5日に待望の新・秋田市民市場が完成しました!!
平成15年6月22日にはグランドオープンを迎え、飲食店やATM、休憩所、コンビニなど設備を備えた複合型商業施設へとなりました。

新・秋田市民市場の工夫点
・各店の売り場の奥行きを従来より90cm伸ばすことで、冷蔵庫や冷凍庫を余裕を持っておけるようにした。
通路幅を2.7mと拡大して通りやすくした。
駐車場を従来の4倍強にして、およそ400台を用意。

などなど、お客様にゆっくり買い物していただけるようにさまざまな工夫が施されたのです!

そして、秋田公立美術工芸短期大学に新生・秋田市民市場のロゴマークの制作を依頼し、新たなロゴマークやキャッチフレーズが決まりました!
のちにロゴマークの愛称を一般から募集し、144の応募の中から「旬太くん」になったそうです。

この旬太くんこそ、秋田市民市場のシンボル!!
いや、中通のシンボルとしても今も生き続けていますよね!

この長い長~い歴史を経て、現在の私たちがよく知る秋田市民市場があるんです。

現在の市民市場

私自身、新しく生まれ変わった市民市場しか知らなかったので長い歴史を知ることができて、凄く面白かったです。
さらに秋田市民市場に愛着がわいたような気がします(^^)

秋田市民市場の歴史、最後までご覧いただきありがとうございました!

今後も中通地区のシンボルとして、活気にあふれ、
皆様から愛され続ける秋田市民市場となりますように…(^-^)

皆様もぜひ秋田市民市場で新鮮な野菜や海産物などなど!!!
お買い物を楽しみましょう!!

最後までご覧いただき、ありがとうございました!

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